オピニオン

学歴とは何か。なぜ皆学歴を求めるのか。エリート街道から脱線した男の反面教師的学歴論①

学歴はゴールじゃない

どーも、はたけのです。

僕は、中学高校と、都内でも指折りの進学校(今年は東大現役30人ほど出したそうです)に通い、そこから推薦で早稲田大学に入りました。

そんなルーツをたどってきたせいか、僕の周囲には超優秀な研究者や、大手の事務所で働く弁護士、日米公認会計士、世界を股にかける商社マンなどがゴロゴロいます。僕自身は別に頭も良くないしエリートでもありませんが、超優秀な連中と同じコースをたどってきたのは事実です。

 

頭のいい友達を見ると「やっぱり学歴あるやつらってすげえな」と思う反面、社会に出てからは学歴なんてなくとも超優秀な方を多数見ています。社会人になってから5年、本当に学歴って必要なのか、どのような意味のあるものなのか、そんな疑問がふつふつと湧いてきました。

今回はその答えを見つけるべく、複数の記事に分けてエリートコースから脱線したいま考える学歴論をつづろうと思います。初回である本稿のテーマはずばり「学歴とは何か&なぜ皆学歴を求めるのか」

 

大学生の方はもちろん「いま受験勉強を頑張っている」「将来の進路に悩んでいる」という方にも、読んでもらいたい文章です。

後進の学生たちには、学歴を積む前に、そもそも学歴とは何かを理解しておいて欲しいですからね。

 

なお、今回の記事について、僕が大学卒であるがゆえに、主に大学卒の学歴を考察したものになってしまうことをご理解ください。

今後、大学卒以外の学歴を持っている方々にもお声掛けして、内容を拡充させていく予定です。

 

学歴は何によって決まるの?

「学歴って何によって決まる?」

あなたはこの質問にどう答えるでしょうか?

 

ベタな答えは、「卒業した学校のレベル」とかですかね。

では、「「学校のレベル」は何で決まるの?」と聞かれたら?

これには、「入試の難易度(偏差値)」という反応が最も多数派でしょうか。

 

でもこの答えには、僕は違和感を禁じ得ません。

普通に考えれば、学歴=学業全体の経歴ですよね。「どこで何をどのように学んできたか」が問われるべきです。

なのに卒業した学校の「入試の難易度」で学歴が決まっちゃうっておかしくないですか?

 

辞書が示す「学歴」を確認する

上で出した疑問の答えを探すために、とりあえず辞書的な答えを見つけておきましょう。

ブリタニカ国際大百科事典の学歴のページにはこんな記述がありました。

初等,中等,高等の教育段階のうちどの段階を修了したかをさすとともに,各段階の学校自体の格差,序列のなかでどの程度の学校を出たかをさす概念。(後略)

 

簡単な内容ですが、一応整理しますと、学歴は下記の2つの要素で決まるということですね。

 

①中卒、高卒、専門卒、高専卒、短大卒、大学卒、大学院卒のどれにあてはまるか

②同等の教育段階卒なら、卒業した学校のレベルの高低

 

①は超単純な話なので置いておくとして、やっぱり問題は②ですね。

大学だとレベル階層を表す言葉として「早慶上智」「MARCH」「関関同立」「日東駒専」「大東亜帝国」などがあります。でも、これらはすべて大学受験用語なんですよ。

やっぱり、(少なくとも大卒の)学歴の差って、入学試験の難易度で決まるんです。

なぜこうなっているのでしょうか。考えてみました。

 

学歴が入試の難易度で決まってしまう理由

こんな現状になっている背景には、「入りにくく出やすい」日本の大学の構造があります。

 

大学受験が近くなると、受験生たちは必死に勉強しますよね。

でも、世間の大学生のイメージって、サークル活動やバイトにいそしんだり、お酒を飲んだりと、ガリガリ勉強している感じではないと思います。もちろん真面目に勉強している人はいるでしょうが、「学生生活で最も頑張ったことは勉強です!」という学生は少数派でしょう。実際、日本の大学生の勉強時間は海外と比較してとても短いという記事も複数出ています。

 

なぜそうなってしまうのでしょうか。

 

日本の大学は「入ったもん勝ち」

その答えはとても簡単です。

「大学に入ってしまえば勝ち」だからですよ。強気に言い換えれば、「大学に入った時点で学歴ゲット」。

日本の大学は、入学さえできれば、途中でめったなことがない限り退学にはならず卒業できるのです。

 

数字の根拠を出しておきます。

日本の最高学府である東京大学は、2次試験の倍率が3~5倍程度なのに対して、中退者は経済学部のデータでは0.3%だそう。

入学と卒業の、”ふるい”の違いがかなり大きいことがわかりますね。東大の(超難しい)入学試験をクリアしている人は総じて皆優秀なのでしょうが、「入ってしまえば学歴ゲット」な構図が見てとれます。

ちなみに私大で見てもこの構図は変わらずで、慶応の経済学部では入試倍率が4.5倍程度なのに対して、中退者は3%未満だそうです(私大で中退者が多いのは、授業料が高いため経済的理由で退学に追い込まれている人がいるから)。

 

単位落としまくりのサボリ大学生に対しても、日本の大学には「再履修」や「留年」というやさしい制度があります(海外では留年なんてありません。即落第です!)。

同じ授業を翌年再びとるなどして単位を取得すれば、「●●大学卒業」の肩書は手に入りますよね。

たとえば僕がいた早稲田大学文学部は、4年もの間留年することができるようになっていて(!)、最大8年間も在学できるというサボリ学生にやさしい仕様でした(もちろん長く在学すればするほど授業料がかさむので、経済的ではありませんが)。

おまけに学内には「(ストレートの)卒業三流、留年二流、中退一流」という言葉すらありました(早大文学部は中退者に著名な人が多いため)。僕の場合は、就職留年を経験しているので、なんとか二流ですねw

 

なお、理系だと卒業に必要な所定単位数が多い傾向にあって文系ほど簡単に卒業できるわけではないのですが、それでも「入ったもん勝ち」の構図は健在です。

 

この話、大学を例にとりましたけど、中学や高校においても似ているといえるでしょう。

僕は私立の中高一貫進学校出身ですが、中退者はほとんどいませんでした。

僕の母校(中高)は進学塾の偏差値では60中盤、受験倍率は一次試験なら実質倍率3倍前後、二次試験なら実質倍率4倍前後という中学受験界では結構な難関校。でも卒業すること自体はそれほど大変ではありません。

 

日本の学校が「入ったもん勝ち」の傾向である以上、学歴は「勉学の経歴」というより「受験勉強をどれだけ頑張ったかを示す指標」、というのが実情に沿った表現ではないでしょうか。

 

ちなみに海外の大学事情は日本の真逆でして、「入りやすいけれど卒業しにくい」のがザラ。グーグルで「海外 大学 卒業」と検索するとサジェストワードのトップに「大変」だなんて言葉が出てくる事実からも明らかですw

なので、海外の大学から日本の大学へ留学してくる学生は皆総じて優秀でした。僕は大学生時代に留学生に日本語を教えるボランティアをしたことがあったのですが、皆とても勉強熱心で驚かされることすらありました。(一部にサボりまくる人もいましたけどw)

海外の大学事情について実情を知りたい方のために、参考になる外部サイトの記事を張っておきます。

 

学生は皆サボるのに……なぜ学歴を欲しがるの?

上に書いたように、日本の学生はあまり勉強をしません。勉強を頑張っている人はいてもそれは少数派です。

では、勉強にガッツリ打ち込むわけでもないのに、なぜ多くの人が学歴を求めるのでしょうか。

大学生の多くは「勉強しない」わけですから、学歴を欲しがっている理由は勉学目的以外にありそうです。

 

その理由をシンプルに考えれば、「学歴がないとできないことが多い」から。

たとえば学校の先生になろうと思ったら、大学などで各種の教員免許を取得する必要があります。医者になりたければ医学部、薬剤師になりたければ薬学部に通うなど、大学でなければ取得できない免許も数多く存在します。

それに加えて、就職活動ではいわゆる「学歴フィルター」(一定以上の学歴を持っていない人が書類審査で無条件に落とされてしまうこと)なんてものもありますから、日本の有名企業に入りたければ高学歴を有する必要性が出てくるわけです。

 

学歴フィルターが生む、「とりあえずの大学進学」

前者の資格取得のための大学進学であればまだ目的意識をもって勉学に励むことができるでしょうが、後者の「学歴フィルター」の話は大きな問題です。

これがあるがゆえに、「とりあえずいい大学に入っておけばどうにかなるだろう」というような心理で大学を目指す人が後を絶たなくなるのです。

そんな、とりあえずいい大学に入った人たちが、受験勉強後もしっかり勉強をするでしょうかね? 僕にはそうは思えません。

大事なのは有名大学に入ることよりも、しっかり学んで価値ある人材になることです。しかし、日本の学生の多くは大学進学を優先するあまり、勉学に励む理由を失ってしまっています。

 

実際に僕も、勉学への意欲を失った過去があります。

詳しくはプロフィールに書いてありますが、大学に入る前は日本史の研究者になりたいと思っていた僕。ですが、大学の日本史関連の授業があまりにもつまらないことから転向を決意。しかし、「何のために大学生活を送っているのか」を見失ってしまい、勉学への意識は明らかに低下しました。

1年生の時はもちろん”フル単(すべての単位を落とさず取りきること)”で、第2外国語に至ってはA+の評価までゲットしましたが、2年生以降は成績も顕著に落ちていきました。

確かに僕は、肩書だけなら高学歴かもしれませんが、こうなってしまっては高学歴の意味がありません。

 

学歴があれば、無条件で価値がある人間になれるわけではありません。

逆に学歴を積まなくたって(=受験勉強を頑張らなくたって)、ほかのことにしっかり努力すれば稼げるようになるし、立派な人間になることは可能です。

高学歴であることは、「受験勉強を頑張りました」という肩書に過ぎません。

 

※学歴フィルターについては続いての記事で深く考察していきます。

 

いま学生のあなたへ:「目的」をもって学歴を積もう

以下は僕からの勝手なお願いです。

もしあなたがいま受験生で、「将来のためにとりあえずいい大学に入ろう」という考えで勉強をしているのであれば、「いい大学に入った後どうするか」を考えてみてください。

勉強に向かうモチベーションが変わりますし、大きな目標を持てば入学後に何をすべきかわかるようになります。

大切なのは「高学歴をゲットすること」ではなく「将来優秀な人材になること」なのですから、「高学歴であればなんとかなる」と思わないでください。

はたけの
はたけの
高学歴=稼げるってわけじゃないです。重資本主義を甘く見ないでください!

 

また、あなたが大学生なら「自分はここで何を学ぶか、どんな人間になるか」を改めて考えてみてください。いまからでも人生の目的を持つには遅くはありません。漠然とでも構いませんから、勉学の目的を定めてみましょう。

目的がないままだと、いまやるべきことも見えず、無為な大学生活を過ごす恐れが大です。

 

どうしても「自分が何をしたいのか分からない」という人も多いでしょう。そんなあなたは人生でやりたいことを100個なんでもいいから書き出してみるなどして自己分析を行い、自分という人間を「可視化」してください。

就活でしょっちゅう言われる「自己分析」というワードですが、就活に至る前、できれば受験勉強前にとことんやっておくのがベストです。もし自分がどんな人間か分からないのであれば、エニアグラムストレングスファインダーといったパーソナリティの診断を受けてみるのもアリでしょう。

こういったものを受けておけば自身の強みが客観的にわかるので、”強みに基づいた生き方”ができるようになるでしょう。

 

幸いあなたが「将来の夢があって、そのために勉強をしている」という方であれば、僕が言いたいことはひとつ。

夢を曲げることなく初志貫徹してください!

僕の周りのエリートたちはただの高学歴者ではありません。

皆が皆、単に優秀なだけでなく「将来の夢のために目的をもって努力をつづけた人たち」だったのです。

低学歴だ、という方も卑屈になる必要はありません。

大学という場でなくたって、正しい努力を積めば素敵な人になれるのです。

 

はたけの
はたけの
やりたいことが決まったら、あとは行動あるのみです!

 

第2回「学歴フィルターを斬る」(仮)へ続く


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